#008-03 県内の良い処、旧閑谷学校へ

 岡山市中心部から車で約1時間。備前市にある旧閑谷学校を訪れました。

 駐車場から旧閑谷学校へ(01~10)。

チケットを購入していよいよ構内へ(11~24)。

隣接している椿山、御納所(25~28)と少し歩いて黄葉亭(29)へ。

 ある一定の年齢の岡山県人は小学生か中学生の時に必ずここ旧閑谷学校へ宿泊し、論語の勉強を行ったそうです。私は県内出身ではありませんので体験していませんが、体験した知人は夜が怖かったことしか覚えていないそうです。その時、その場がどれほど有意義な空間、時間であったかは、気付かず過ぎてしまうことが多いという一例かもしれませんが、今となっては大変貴重で羨ましい体験だったと思います。旧閑谷学校は1670年、岡山藩主池田光政(1609-1682)によって創建された、現存する世界最古の庶民のための公立学校です(御納所、椿山の造営を入れると1702年まで工事が続いた)。岡山の観光地の一つ、後楽園の竣工が1700年なので、池田光政、息子の池田綱政(1638-1714)時代が名所建築ラッシュだったといえるでしょう。藩主の意向を受け、旧閑谷学校、後楽園、両方の造営に深くかかわったのが津田永忠(1640-1707)でした。他に新田開発、用水開発、曹源寺、吉備津彦神社社殿の建設等、今の岡山の礎を創った一人と言える人物です。黄葉亭の途中に津田永忠宅跡があります。造営中の1673年に転居し岡山に戻る1680年までの7年間、近くで建設に携わっていたことを思うと、他の事業よりもこの閑谷学校の造営が永忠(もしくは池田光政か岡山)にとって最も重要な事業で、かなり力を注いだことが窺えます。

 現在、旧閑谷学校は「日本遺産 第一号」に認定され、さらに世界遺産に!という気運が高まっています。もしも光政公が「山水清閑にして読書講学の適地なり、ゆくゆくは学校に仰せ付けるべし」と永忠に内意したのであれば、観光客でいっぱいになった旧閑谷学校を見て、喜ぶのであろうか?、嘆くのであろうか?それは、世界遺産に認定されて、観光客がいっぱいになってから考えることとします。

参考資料:「日本建築集中講義」、「意中の建築 上巻」、「各種パンフレット+Web.」他

訪問日:2018年10月19日 

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